王寺町東京講演「聖徳太子と達磨大師の不思議な物語」

8月19日(月)

東京・有楽町朝日ホールで行われた

奈良県王寺町 観光PR歴史講座
「聖徳太子と達磨大師の不思議な物語」
に行ってきました。
 
 
聖徳太子の愛犬・雪丸くんと久しぶりの再会。
相変わらずカワイイぞ! (≧▽≦)
 
王寺町町長・平井康之氏の挨拶から始まり、第1部は
帝塚山大学客員教授・西山厚先生の講演
「聖徳太子と達磨大師の不思議な物語」
休憩をはさんで第2部は
フリーキャスター進藤晶子さんによる朗読
「聖徳太子と愛犬 雪丸のものがたり」
引き続き第3部では
西山厚氏・新藤晶子氏・平井康之王寺町町長によるパネルディスカッション
「明神山から見晴らす聖徳太子1400年」
コーディネーターは岡島永昌先生!
 
盛りだくさんな内容なのに、楽しくて、ためになって、あっという間の2時間半でした。
 
奈良県・王寺町は、法隆寺のある斑鳩町のお隣にあり、法隆寺から聖徳太子のお墓があるとされる大阪府南河内郡太子町へむかう「太子葬送の道」上に位置しています。
生前に自分の墓所を造らせたと伝わる聖徳太子は、その道を何度も通ったという言い伝えが残っており、『日本書紀』に残る「片岡飢人伝説」も、その場所が王寺町に現在もある「達磨寺」であるとされています。
「片岡飢人伝説」
聖徳太子が、道端に倒れていた飢人に食べ物と衣を与えたが、翌日太子の使いが見にいくとすでに亡くなっていた。太子はその死を悲しみ、その場所に墓を造り葬らせた。数日後、使いが様子を見に行くと、飢人の遺体はなく、太子が与えた衣だけが棺の上にたたんで置いてあった。使者が持ち帰ったその衣を、太子は以前と変わりなく身に着けてすごした。人々は「聖(ひじり)は聖を知るというのは本当のことなのだ」
と噂した。
その飢えた人こそが達磨大師の生まれ変わりだったという伝承から、そこが「達磨寺」となったとされています。
達磨大師が亡くなったあと、弟子が達磨大師と出会い、どこへ行くのかと訊ねたところ、「東方へ行って王子と会う」と言ったという伝承から、達磨大師が日本で生まれ変わったという話は中国でも古くから伝えられていたそうで、鑑真和上が幾多の困難にもめげず日本に渡ることをあきらめなかった原動力は、その伝説にあったという話もあるそうです。
 
達磨寺の境内には、自分が死んだら達磨墳(飢人が葬られたとされる塚)の東北に埋めて下さいと遺言して死んだという「雪丸」の石像も建っています。
(雪丸は犬なんですが、人の言葉を話すことができ、お経も唱えることができたそうです。さすが聖徳太子の愛犬!)
 
そんな見どころの多い達磨寺の外にも、王寺町には見どころがいっぱい!
 
これは一度行っておかねばいかん!
と心に誓った梅前だったのでした。
皆さまもぜひ一度、王寺町にお出かけ下さい。
 
 
 
噂の「明神山パンフレット」を入手!
 
三角形におりたたんであります。
広げるとこちら ↓
画像ではちょっとわかりづらいかもしれないけれど、明神山から見た東西南北の景色が四方向に印刷されています。
明神山山頂で方角を合わせると、どこに何があるか一発でわかるしかけ。
山頂に行かずとも、これを見るとあたかも山頂に立っているような気分にさせてくれます。
しかも、三角形に折りたたんだパンフレットは自立するという芸の細かさ。
これ、すごく便利だけど、今まで誰も思いつかなかったという。
まさに「コロンブスの卵」的な?
岡島先生スゴイ! パチパチパチパチ(拍手)
 
明神山には、恋人たちが打ち鳴らすと幸せになれるという「悠久の鐘」もあるそうです。
私にはもう関係ないけどね!(笑)
関係ある方はぜひどうぞ!
 

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