百舌鳥・古市古墳群 祝・世界遺産登録

飛鳥では何やらビッグニュースがあるようですが、そちらは発表になってからおいおい書くとして、今回は

モズフル!

百舌鳥・古市古墳群
祝・世界遺産登録!
 
おめでとうございます! (≧▽≦)メデタイ!
 
古代史ファンとしては、新聞の見出しに「倭の五王」とか「仁徳天皇」とかいう活字が躍るのを見ただけで、もう感無量でございました。
 
今回の偉業達成にあたっては、関係各位の多大なる尽力もさることながら、一番の功労者は
 
宮内庁
 
だと思うわけですよ、私は。
 
宮内庁が天皇陵を「掘らせなかった」おかげで、あの、木々が鬱蒼と繁った景観が保たれ、いにしえの巨大古墳の全貌をそこに自由にイメージすることができるわけなので。
もしも大々的に発掘調査が行われていたら、調査が終わったあとはきちんと「整備」しよう、ってな話になっていたはずで、あの鬱蒼とした森は保たれなかったはず。発掘調査においてわかったことを集大成して、古墳を「再現」しようとしていたはずです。
 
でも、それってどうなの? と思うわけです。
 
たとえば、高松塚古墳やキトラ古墳は、発掘調査を終え、壁画を解体・保存したあと、現地は「復原」されました。
 
今、高松塚古墳は頂部が平らな形に復原され、キトラの頂部は丸く復原されています。
けれども、高松塚の頂部に関しては「平坦面が設けられていたとみられる積極的な理由は存在しない」、つまり、頂部が平たかったという確証はないそうです。
でも、飛鳥に行って高松塚古墳を見学した人は、あの形が学術的に保証されたものだと思うでしょうし、キトラもまたしかりです。
 
そういう面では、諸説ある中での復原作業は、小説の「設定」に似ていると思います。小説も、諸説あるなかからひとつの設定を選んでしまうと、もう他の説を採るわけにはいきません。
たとえば、以前書いた小説の中で、私は「大海人皇子=漢皇子」という設定を採用しました。
ま、諸説ある中でもそれを支持する人はかなり少数、いわば「トンデモ説」に近いものでしたが、それを採用したのは、以前ブログにも書いたことがありますが「話を面白くする」ためであって、私自身がその説を信じている、あるいは主張しようとしているわけでは(まったく)ありません。
もちろんその設定に関しては、関係各方面から多大なるご意見をいただきました。中には膨大な量の論文(?)を添付して諫めて下さった方も。
(いや、その小説の中ではもっとすごい「トンデモ」を披露していたんだけど、そっちはまったくといっていいほど突っ込まれませんでした。嘘は大きいほうがいいのかも?)
 
ま、「面白さ」のために悪魔に魂を売り渡し、「大海人皇子=漢皇子」を採用したわけだけど、その説をとったからにはもう引き返せない。話の途中で「あ、やっぱ大海人皇子は中大兄の弟だったわ、ごめ~ん」とか言えないわけですよ。心の中では「てか、やっぱ弟だろ」と思っても引き返せない。で、最終盤はドリフの盆回しのようなスチャラカな展開になってしまったわけだけど、ま、後悔はしていません。
 
でも、小説の場合、別の本として書き直すことができる。
 
まったく違う設定の小説を、しれっと発表することもできるし、最悪の場合、ペンネームを変えて、通説通り、教科書通りの展開、「蘇我は横暴、中大兄は苦悩する長男、大海人はちょっとやんちゃな次男坊、鸕野讃良との夫婦愛の結実が藤原京」みたいな、そんな「誰にも怒られない」小説を書くことだってできる。(書かないけどね。つまんないもん)
 
でも、小説とは違って、復原した墳丘は、これから少なくとも数百年はそのままの形で残るはず。
長い年月の間に、「高松塚の頂部は平坦、キトラは丸かった」という刷り込みがなされ、それが歴史の真実だと思い込む人もでてくることでしょう。
 
その点、モズフルの「森」は、自由なイメージ、最新の研究成果を投影できるという意味で、素晴らしい。
宮内庁が、意図したことではないにせよ、無垢な濠と森を厳然と守ったことが、今回の世界遺産登録につながったと思うのです。「なぜ天皇陵を掘らせない!」と憤っていた私ではありますが、今となってはその浅識を恥じるばかりでございます m(__)m
 
 
……キトラや高松塚はもう仕方がないけれど、現在公園化が進められているという牽牛子塚と越塚御門が心配です。
わからないならわからないなりに、発掘前の姿に戻してほしい。
 
木々に覆われた姿、それがここ何百年もの姿なら、それこそが「真実」だと思うから。
 
 
古代史
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