キトラ古墳周辺地域に関する憂慮

もうずいぶんと前、キトラ古墳のあたりを歩いたことがある。

その頃はグーグルマップなどないから、細い道をあっちにうろうろ、こっちにうろうろ、さんざん迷ってようやくそれらしき場所にたどりついた。

もちろんブルーシートと覆屋に囲まれて、何も見ることはできなかったけれど、薄暗い木々に囲まれた静謐なたたずまいに、こここそが貴人の眠る空間だと深く満足して帰途についた。

 

長い歳月ののち、そこをふたたび訪れたのは一昨年の秋のこと。

飛鳥応援大使の会合にあわせ、古都飛鳥保存財団の方々が、飛鳥駅から車で連れて行ってくださったのだ。

 

はじめから、違和感があった。

あれ? こんな広い道だったかな。

もっと細い、曲がりくねった道だった覚えが確かにあるのに、車は整備された広い道をまっすぐに上っていく。
やがてたどりついたのは、広大な駐車場。そしてキトラ古墳は、芝生におおわれた公園の一角に、きらびやかに再現されていた。

……違う。こんな場所じゃなかった。

かたわらの地下には素晴らしい展示施設がオープンし、それは見事な展示や解説がなされていたが、私の胸は失望でいっぱいだった。

ここじゃない。本当のキトラ古墳は、こんな場所にはなかった。

 

先日聴講した来村多加史先生のお話によれば、終末期の古墳には谷地形を利用したものが多くみられ、左右から伸びた尾根が中心の高台に載る古墳を抱える「E字型」、谷の奥に寄り添うように造られた「谷奥部密着型」、谷の側部に寄り添う「谷側部密着型」、谷の奥部から伸びた高台に造られた「谷奥部突出型」などに分類され、高松塚古墳、キトラ古墳は「谷奥部密着型」であるという。

つまり高松塚やキトラは、尾根を背もたれとし、包み込むような谷にゆるやかにいだかれた場所に造営されているというわけだ。高松塚古墳のある谷の最深部には現在休憩所が建てられていて、そこから谷の入り口方向を見ると、岩屋山古墳のある丘が望め、その向こうに貝吹山が頭を出しているそうだ。同じようにキトラ古墳のある谷の最深部からは金剛山と葛城山が望めるらしい。終末期の古墳は、そうした風景をも勘案して選地されたようなのだ。

要するに、周辺の地形や景色をもすべて含めて、ひとつの古墳だったというわけだ。

 

ところが。

高松塚古墳のあたりは、国営飛鳥歴史公園の造営で地形が改変されてしまったという。氏の本に掲載されている1971年当時の地形図を見れば、現在の地形との違いは明らかだ。

けれども、高松塚周辺の地形は、まだ何とか昔日の面影を残している。
問題はキトラ古墳だ。

「四神の館」造営に伴う公園の造成により、南側の尾根が削平されてしまった。現在私たちがキトラ古墳から受けるイメージは「だだっぴろい場所の片隅にある小さな古墳」でしかない。
実際はそうではなかったのだ。
尾根に抱かれた谷の中、貴人が眠るにふさわしい場所に、キトラはあった。それを破壊し、眠りを徹底的に妨げたのは、現代を生きる私たちだ。

地形を改変しては、墳墓造営の理念が見えなくなってしまう。
それは「破壊」と同じことではないのか。
いかに後生大事に壁画を保存修復しようとも、周辺の地形をあれほどまでに突き崩しては何の意味もない。後世の人々からは、鎌倉時代に行われたという盗掘にも匹敵する暴挙として糾弾されることだろう。

「今からでも遅くはない」とは言わない。
もう「遅い」。
削平してしまった土地は元には戻らない。
できることがあるとすれば、これ以上の破壊をしない決断をすることだけだ。

飛鳥を愛する人間の一人として、公園化を推進した人々に猛省を促したい。

 

<追記 その1>
さらにむごい話を聞いた。
キトラ古墳の近く、檜隈寺跡あたりの一角を、バーベキュースペースとする計画があるという。

もはや、「何をかいわんや」だ。

飛鳥に来てバーベキューをしたいと思う人がいるだろうか。
「バーベキューができれば家族連れがどんどん来てくれて、飛鳥もにぎわうに違いない」と考えたのかもしれないけれど、そういうのを

「浅はか」

というのだ。
ものごとにはTPOというものがある。
たとえば、京都あたりの老舗料亭、吉兆でもどこでもいいけれど、そこの奥座敷におさまって料理を待っていたら、

「うち、ハンバーグ始めましてん。小さいお子さんに来てもらお、思て」

とファミレスにあるようなメニューをビラリと渡されたらどうか。
激しく失望するはずだ。

「そんなの求めてない!」と叫びたくなるだろう。

ファミレスで食べるハンバーグも確かに美味しいけれど、一流料亭にそれを求める人はいない。
飛鳥にバーベキューを求める人がいないように。
バーベキューなど、そこらの川原でやらせておけばいいのだ。

飛鳥よ、誇りを持て。

そして、これ以上の地形改変、さらにはわけのわからない建物の建築を、一刻も早くやめるべきだ。
そんなもの、飛鳥に求めている人は一人もいない。

 

<追記 その2>
飛鳥資料館発行の「あすかの原風景」には、飛鳥寺周辺や岡、島庄、小山田古墳付近は掲載されているが、高松塚やキトラ周辺は載っていない。
あまりの地形の改変ぶりに目を覆ったか。それとも、何らかの政治的配慮なのだろうか。個人的には、改変されてしまった地こそ古い地形図や地図を保存しておくべきだと思うし、そうすることが後世に対するせめてもの罪滅ぼしだと思うのだがいかがだろう。

 

<追記 その3>
想像したくもないことだけれど、もし万が一

「ゆるキャラ キトラちゃん」
(体が虎柄で頭が亀。遠い古代からやってきたよ!)

なんてものが登場したら、私はもう二度と飛鳥には立ち入りません。

 

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