川の中から

本を出版してわかったことのひとつが、

「小説を書いている人」

は意外と多い、ということである。


うちの息子も小説を書いてますとか、
私は以前××(歴史上の人物)を主人公に
小説を書いたことがありますとか、
○○新人賞の一次選考を通過したことがありますとか、
書いた小説を宇野千代さんに誉められましたとか、
皆さん結構多彩な経歴をお持ちで、
こそこそと小説を書いていたのは私だけじゃなかったんだと勇気百倍である。

けれども、彼女たちに向かって
「それ読ませて」
とお願いすると、たいてい、うろたえたように目をそらし、

「人様にお見せするほどのものじゃない」
「まだそんな段階じゃない」


などと言って、絶対に見せてくれない。
ま、以前ここにも書いたように、
自分の小説を人目にさらすということは

「人前に裸で出るより恥ずかしい」

ことなので、その気持ちはよくわかる。
だけど、せっかく書き上げた物語を
世に出さないまま置いておくのは
いかにももったいないなぁ、と思うのだ。
私なんかさ、全国100万読者(←ウソ)の
前に赤っ恥さらしているんだよ?
みんな、勇気出して恥さらそうぜ。

あと、
「あなたはなぜどこかの新人賞に応募しなかったのか」
と聞いてくる人もいて、そのほとんどは
私のことを案じて言ってくれているんだけど、
中には、

「新人賞も獲れないくらいの力量のくせに
 本なんか出しやがって」

ってなニュアンスの人もいる。
私の見たところ、そういう人も、

「小説を書く人」

なんだろうと思う。
そういう人は、自分には新人賞を獲って
商業出版するという「まっとうな道」が
待っていると信じて疑っていないので、
自費出版という手段に打って出た私を
まるで金にあかせて合格を買い取った
裏口入学者みたいな目で見るのだ。

「皓月」は新人賞の規定には長すぎるよ、と言えば、
規定の長さにきちんと合った小説を
書いて応募すればよかったじゃん、
それくらいも書けないの?
なんて返してきて、
そんな時私は、

「マーガレット・ミッチェルは、『風と共に去りぬ』以外には
 一編の作品も書いてないのよ、オーッホッホッ」

と笑ってやるのだ。
マ、マーガレット・ミッチェルだぁ?
と相手があきれかえる姿を見てひそかに溜飲を下げる私は、
あんな小説を書くだけあって、相当底意地の悪い女なのだ。

私が高校生だった頃、現代国語の教師に、
ちょっと変わった先生がいた。
彼は生徒をえこひいきするので有名で、
学期ごとに出される文集に作文を掲載してもらえる生徒は
ほんの数人に特定されていて、私はもちろん、
他の生徒が入りこむ隙なんか全くなかった。

ある時、詩についての授業で、
その先生がある詩人を口をきわめてののしるのを見て
私は、

「ああ、この先生は詩人になりたかったんだ」

と気がついてしまった。
彼はたぶん、詩人の夢破れて、
教職という道を選んだんだろう。
そう思って文集を読み返してみると、
選ばれる生徒たちの物の見方や考え方は、
驚くほど彼に似通っていた。
彼は、自分と共通した感性を持つ生徒を
誉めたたえるという方法によって、
自分の価値を高めようとしていたのだ。

‥‥ばっかじゃね?

と私は思った。
それと同時に、その先生の弱点、というか、
押されたら嫌がる「ツボ」みたいなものが
はっきり見えた。
若かったこともあって今以上に意地悪だった
私は、次の課題の作文で、その「ツボ」を
いやというほど押してやったんだな。

結果は見事に出たね。
2学期の成績は、5を満点としての評価で
「2」だった。
試験の点数も特に悪くなく、課題も
もれなく提出した上での「2」だよ?
唯一の得意科目だった国語での、
史上最低の成績だった。
でも私は悲しくなんかなかった。
いや、むしろ快哉を叫んだね。
私の押したツボは間違ってなかった。
してやったり、という気分だった。

さらに意地悪だった私は、3学期の作文で、
いかにも彼の好みそうな作文を書きあげた。
作為を見透かされるかと思ったけれど、
彼はそれを珍しく文集に採用したうえに、
ようやくわかってきたようだな、と
誉めてくれさえしたのである。

それを聞いて、私はなんだかものすごく
哀しい気持ちになった。
詩人になりたくて、なれなくて、
それでも自らの感性を捨てきれなくて、
それをわかってくれる人間だけを
周囲にはべらせ、慰めとしている男。
哀しくて、切なかった。

あの先生の書いた詩を読んでみたかった、
と、今、思う。
ガリ版刷りの紙一枚でよかった。
僕の書いた詩だ、と
配ってほしかった。

それはきっと、普段の彼のイメージとは
かけ離れたものだっただろう。
高校生だった私は、きっと
「げ~、あいつこんな詩書いてやんの」
と激しく揶揄したと思う。
けれど、そうやって笑いながらも、
私の心にはきっと、彼の言葉が
しみいってきたはずだ。
卒業して何年かたってから思い出し
限りない勇気を得たかもしれない。
けれど、彼が自分の詩を披露したという
話は聞かない。

結局、彼は、「創作者」であるより
「批評家」であることを選んだということだ。
もちろん、作り出すより批評するほうが楽だし、手も汚れない。
それは、川に入って泳ぐのと、
それを岸に立って眺めるのと同じくらい異なるものだ。

「あ~あ~、そんな泳ぎじゃ溺れちゃうよ。
 その程度の泳ぎしかできないのに、
 どうして飛び込むかね。バカなの?」

乾いた服を着て岸に立つ「批評家」たちは
温かい飲み物を片手に、そう言って笑う。
でも、私はくじけない。
溺れてるようにしか見えない恰好で、
どんどん下流に流されながら、
それでも必死に泳いでいく。
なぜそんなことをするのか、って?

楽しいから

負け惜しみじゃないよ?
ホントに楽しいよ?
みんな、一緒に泳ごうよ。
もしも向こう岸にたどりつけたなら、
名もない小さな一輪の花だけが、
私たちを迎えてくれることだろう。
それを信じて。

レッツ・スイム。

(2013年2月21日)

コメント