古墳を見に行く@東京~芝丸山古墳

「古墳を見に行く@東京」
今回は

芝丸山古墳。


  芝丸山古墳2


東京タワーの足元にあるでごわす。

「芝」といえば、今ではかなり内陸っぽくなっているけれど、落語「芝浜」で知られるように、お江戸の頃にはすぐそこまで浜だったわけですな。

(ちなみに落語「芝浜」は、腕はいいけど酒好きで怠け者の魚屋の勝五郎が芝浜で財布を拾い、どんちゃん騒ぎをするものの、女房にあれは夢だったと言われ、性根を入れ換え商売に励み、ついに大成するが、実は夢でも何でもなくて、また飲んですってしまうだろうと思った女房が拾った財布を隠していた、って話。それを告白した女房が、悪かったと言って酒をすすめ、飲もうとした勝五郎、「いや、よそう、また夢になるといけねぇや」ってのがオチ)


お江戸の頃にも浜だったわけですから、古墳時代もこのあたりは、のどかな浜が広がる海辺だったと思われます。

この先は浜松町だしね。
浜松町のあたりが浜だったのかも。


で、古墳はといえば、浜松町あたりからずっと平坦だった地形が、急に高くなった場所に造られております。

実際に上った感じでは、高さ6~7mといったところでしょうか。
海をのぞむ高台に、権力者の古墳を造る、っていうのは、ありえる話だと思います。

  芝丸山古墳1
 説明板によれば、全長106mの前方後円墳で、規模としては都内最大級らしい。
築造時期は5世紀後半。
ただし、江戸時代以降の破壊がひどく、主体部は失われております。

もちろん被葬者は不明。「南武蔵有数の族長の墓だったと考えられる」そうです。


  芝丸山古墳3
 こんな感じの斜面の上。
みぞれまじりの雨の中、傘をさしつつのぼったよ、あたしゃ。
これぞオバサンパワー。(どうでもいいときにだけ発揮)


ちなみに、その先の高台のてっぺんに建てられているのが東京タワーです。
形も目的もまったく異なるものながら、底流にある「でかい=スゴイ」な意識は、古墳も東京タワーも同じものかと。

  芝丸山古墳4
 てっぺんが雲に隠れる東京タワー。

開花したばかりの桜と、冷たいみぞれを同時に満喫できた、春分の日だったのでした。

(2018年3月22日)

 

コメント