鎌足くん

そろそろ「古代」なお題をひとつ。

興味深い人物はいろいろいるけど、 私が今一番はまっているのは 「中臣鎌足」ですな。 言わずと知れた藤原家の始祖。 藤原不比等の父にして その後千年にわたる藤原家の 繁栄の礎となった人物だ。

ま、んなこたあ~どうでもいい。 私がツボったのは、 万葉集に残された彼の歌だ。

我れはもや安見児得たり皆人の 得かてにすといふ安見児得たり

安見児(やすみこ)というのは、 天皇に仕える女官の名で、 これはどうやら天智天皇から 彼女を下賜された時の歌らしい。 現代語に意訳してみると‥‥

俺は安見児ちゃんをいただいちゃったぞ。

みんなのアイドル、誰もが自分のものに したいと思ってるけど誰のものにも ならないっていうあの安見児ちゃんを、 いただいちゃったんだぞ~~ わ~いわ~い ‥‥

鎌足くん、ご乱心、である。

しかも、彼はこの時五十歳をとうに 超えていたらしい。

信長の頃でも「人生五十年」だった わけだから、鎌足くんの時代、 五十といったらもう完全に老人と いえる年齢だっただろう。 いい年こいて何やってんだか。 ってことである。

さらにこの歌のつまんなさったら。 目をおおうばかりである。

この歌はどうやら、宴席で披露された ものらしい。 天智天皇が鎌足の業績をたたえて、 自分に仕えている采女の中でも ピカイチだった安見児ちゃんを、 「茶飲み相手にでもどうぞ」 って感じで下げわたしたんだろう。 安見児にしてみたら、単なる配置転換、 中臣家に出向、ってなところだったと 思われる。

それを、「わ~いわ~い」である。 出席していた人たちは さぞかし驚いたことだろう。

さらに、当時鎌足は内大臣という 天皇を補佐する超えらい人だった。 普段は冗談のひとつも言わない 副社長が、社内で一番の美女を 秘書にしてやると言われて、 「わ~いわ~い」と踊りだしたくらいの インパクトがあったと思われる。 万葉集を編纂した大伴家持も 相当驚いたらしい。 こんなつまんない歌を堂々と 万葉集に掲載したのが その何よりの証拠だ。

この歌を披露した時、鎌足は、 そのいかめしい表情を 全く崩さずにいたことだろう。 あの内大臣がこんな歌を、と どっかんどっかん受けまくる 会場を尻目に、彼は相変わらずの 仏頂面でいたんじゃないかと 私は想像する。 そんな彼がいとおしい。

鎌足萌え~~の私である。 若き日の鎌足くんは、孝徳天皇の お妃をこれまた下賜されたりして 結構ないい目にあったりしてるんだが それはまたの機会にご披露しましょう。

んではまた。

(2012年9月14日)

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