飛鳥に行ってきました その2

さてさて。
飛鳥での二日目。


前夜飲んだくれた割には、さくっと起きて朝ごはん。

ほとんど最低料金での宿泊だったのに、ホテル側の手違いとかでツインのお部屋に泊まらせていただきました。

 橿原ロイヤルホテル
一人にはもったいないくらいの広さ。橿原ロイヤルホテルさん、ありがとう。
お世話になりました!

で、午後の集合に備え飛鳥駅のコインロッカーに荷物を預けるため、通学の学生さんたちにまみれて橿原神宮前駅から飛鳥駅へ電車で向かう。

無事荷物を預けたあと、本日の待ち合わせ場所、桜井駅へ。桜井に行くには大和八木まで電車で行き、乗り換えなければならないんだけど、今来た線路を戻るのもちょっと悔しい。
ちょうど大和八木まで行く路線バスが来る時間だったので、それに乗ってみる。観光地を回るルートではないので、乗っているのはほとんどが地元の人。
「なんや雨言うてたけど、ええお天気になったなぁ」
「そうですねぇ」
なんて会話を交わしながらバスは進む。

終点の大和八木からは近鉄に乗って桜井へ。
耳成山を間近に見られてちょっと嬉しい。

集合時間まで少しあったので、近鉄の改札をおりたところにあったカフェで一服。

おすすめだというカフェラテを頼んでみたら、こんなかわいいラテアート。

 桜井駅カフェ
見て見て!
こんなの、東京でもちょっとお目にかかれないよ?
おばちゃん大感激。

飲んじゃうのもったいない~とかなんとか言ってるうちに時間になったので、ゴクゴクと飲み干して待ち合わせ場所へ。


本日ご一緒して下さるのは、風人さんに加え、よっぱさん、らいちさんという両槻会のお歴々。飛鳥初心者・梅前にはもったいなさすぎる方々です。
海より深いお三方の知識に圧倒されつつ、バスで談山神社へ向かう。

両槻会のみなさんはここへは何度もいらしているでしょうに、初心者の私のためにたっぷりと時間をとって境内を散策して下さった。そんな、さりげない優しさが嬉しい。

 談山神社3
塔。

 談山神社回廊
回廊。

 多武峰縁起1
多武峰縁起。入鹿さまの首が飛ぶ有名なシーン。

 多武峰縁起2
運び出される入鹿さま。

 鎌足くん
御簾の向こうの鎌足くんはちょっとホラー。


で、いよいよ念願の藤本山へ出発。私は個人的に、斉明天皇が建設したという両槻宮はそのあたりにあった可能性が高いと思っているのです。
今回の藤本山行きは、その藤本山をこの目で見たいという私の願いをかなえるべく、風人さんがお忙しい時間を縫って企画して下さったものなのです。


 念誦掘(ネヅキ)
途中、平安時代の天台僧、増賀上人が入滅したと伝えられる念誦掘(ネヅキ)に立ち寄る。
増賀上人。徒然草にも登場するという名僧らしいっす。これも初耳~~。勉強になるわぁ~。

優しいお顔の役行者像やお地蔵様を見つつ山道を進み、藤本山頂上にある万葉展望台に到着。


 藤本山から大阪方面 藤本山から生駒方面
見よ、この雄大な景色。

 藤本山から飛鳥を見おろす
飛鳥が手に取るように見える。

心配されていた雨もなく(どなたかの御人徳によるものらしい)、大和盆地の彼方まで見渡すことができた。
生駒山地と金剛山地が左右から手をつないだ先には、大阪平野が広がっている。写真ではよく見えないけれど、あべのハルカスの姿まで望むことができた。
空気が澄んでいればさらにその先の六甲山地まで見えるという。まさに絶景。

やっぱやっぱ、斉明天皇の両槻宮はこの山にあったんじゃないの?

と盛り上がる私。
ふと見ると柱の一本に、飛鳥に向けて取り付けられた謎の鏡が。

 藤本山謎のミラー
これは一体……?
飛鳥から光を反射できるかどうか、誰かがここに設置したものでは?
誰だ? れんしさんかっ?
と、ひとしきり盛り上がったあとでお昼をいただき、展望台をあとにする。


展望台からしばらく下ったところにある、「謎の平坦地」。

 謎の平坦地

風人さんからその存在を聞いてはいたけれど、本当に、人為的に斜面を削って作ったと思われる平坦な土地でした。それも、結構広い。

今は木がさえぎって眺望はまったくないけれど、木がなければ方向的には、高度こそ違え、さっきの展望台と同じような風景が望めるはずだ。
中世の山城跡かもしれないけれど、ここはひとつロマンを優先、

「ここに両槻宮があったんじゃね?」

などと決めつけ、両槻会重鎮たちの苦笑を誘う。

滑りやすい山道を下り、通称「柿山」から石舞台へ。

 石舞台から藤本山をのぞむ
見上げれば、藤本山の優美な姿。
行けてよかった。あの風景を、見られてよかった。

それもこれも、風人さん、よっぱさん、らいちさん、お三方のおかげです。
この場を借りて、心より御礼申し上げます。お世話になりました!


バスで飛鳥駅まで戻り、両槻会の皆さんとはここでお別れ。

コインロッカーから荷物を取り出し、古都飛鳥保存財団、飛鳥応援大使の皆さんと一緒に9月24日にオープンしたばかりのキトラ古墳壁画体験館「四神の館」へ。

まあ、それはそれはすんばらしい施設がオープンしていたけれど、応援大使の皆さんと一年ぶりの再会を言祝ぐのに夢中で、写真を一枚も撮ってなかった。

 キトラ古墳
とりあえず、キトラ古墳の写真をば。

古墳の前で、明日香村教育委員会 西光慎治先生のお話を聞く。
たまたま居合わせた人たちも耳を傾けていたけれど、皆さん、それ、すごいラッキーですから!

それにしても。
昔のキトラ古墳周辺のたたずまいを知る人間にとっては、この変わりようにはちょっと違和感を覚える。
もちろん、景観を損ねないよう、「四神の館」を丘陵の下に隠したりなどという配慮は十分感じられる。
けれども、あれほどまでに木々を切り倒し、山を削る必要がどこにあったんだろう。あののっぺりとした広大な公園は、本当に必要なものなのだろうか。
周囲の風景、たたずまい、それらをすべて含めてキトラ古墳だったんじゃないのかなぁ。造成された新興住宅地のようなあの景観には、どうしても違和感が残る。部外者の、勝手な意見なのかもしれないけれど。


今夜の宿泊場所、祝戸荘に場を移し、応援大使交流会。
西光先生が再び御登壇になり、キトラ古墳について詳細な講演を行って下さる。

西光先生はとてもお話上手。
中でも、1998年にNHKと共同で行ったファイバースコープ探査の際、西光先生がファイバースコープを入れる穴をドリルで開ける担当をされた時の話は、芸人かと思うほど面白かった。

ファイバースコープは当時の最先端技術。だけどそれを入れる穴をあけるのは前時代的「木工用ドリル」だったそうだ。
なにしろ、硬く突き固められた古墳の土を、数メートル先の盗掘穴に向け、細いドリルで進まねばならない。最初は今か今かとカメラを回していたNHKも、あまりに時間がかかるので飽きてしまい、カメラをとめていた時に穴が貫通したので、「貫通した瞬間の映像は残っていない」とのこと。

力を込めて回していたドリルの先が不意に突き抜け、勢いあまって地面に突っ伏す、若き日の西光先生。
「こら、何してんねん西光、こけてる場合ちゃうやろ」
「あいた、あいた」
「あ痛、やないやろ、痛がっとらんとさっさと穴開けんかい」
「開いた、開いたんです、穴が」
「なにぃ、穴が開いた? 早よそう言わんかい」

などとくだらないコントを思いつき、一人ぐふぐふと笑う梅前。
スミマセン西光先生、ちゃんと聞いてましたってば。

んで、夕食は飛鳥鍋。
牛乳を入れたお鍋なんて初めてだったけど、お味噌で味付けしてすごくおいしい。
前夜と同じく、がっついて食べたので写真はなし。まったくもうアタシってやつぁ。

その後、古都飛鳥保存財団の皆さんと応援大使の皆さんと一緒に宴会。
何やしらんが盛り上がり、お風呂に入りそびれた梅前。(シャワーはちゃんと浴びましたってば)


 お部屋
泊まったお部屋は「鎌足」。
お隣は「入鹿」。二部屋続きのコテージになっていて、その名も「板蓋の館」。
 板蓋宮

……しかしさぁ、「鎌足」と「入鹿」を「板蓋の館」でひとくくりにするってなんだかもう。
鎌足はともかく、入鹿の無念がしのばれます。

他にも、「大津」と「草壁」が「浄御原の館」で一緒だったり。
「守屋」と「馬子」が「小墾田の館」で一緒だったり。
それっていいの? 的な顔合わせが繰り広げられる祝戸荘。
ぜひ一度お泊りを。
名物は飛鳥鍋だよん。

以上、飛鳥二日目の報告でした。
三日目はいよいよ「飛鳥学冠位叙任試験」。
その顛末はまた次回。
一体何回ひっぱるつもりだ、梅前!

(2016年10月20日)

 

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