飛鳥に行ってきました その1

10月7日~9日、飛鳥へ行ってきました。(2016年)

8日の飛鳥応援交流会、9日の飛鳥学冠位叙任試験お手伝いに合わせての飛鳥入りです。

7日はいつも使っている私鉄が遅れた影響で、新横浜への乗り継ぎが悪くなり、指定席をとっておいた新幹線に乗り遅れてしまいました。 出鼻をくじかれる、ってやつですな。

で、京都から予定より一本遅い近鉄特急に乗ることになったわけですが、これがとても素敵な車両。

  近鉄特急1

 二階建てでした!
 橿原神宮前まで快適な旅。
 乗り遅れてみるもんや~。


  7日お弁当

 車内でおいしいお弁当。
 旅の醍醐味です。



橿原神宮前でレンタサイクルを借り、まずは「軽寺」跡へ。

 黒麻呂邸宅跡

 ここは「賀留大臣玄理」(かるのおとどくろまろ)の邸宅跡に建てられていたという軽寺の跡地。

賀留大臣玄理って、わが小説の主人公、黒麻呂くんのことですよ。
唐から帰国した高向黒麻呂は、当時「軽の衢(かるのちまた)」と呼ばれ賑わっていたこのあたりに、居を構えていたそうなのです。
彼は大化の改新後、「国博士」という偉い地位についたので、「軽の大臣」(かるのおとど)と呼ばれていたのでしょう。

ここに黒麻呂が住んでいたと思うと心もはずむ。

ちょっと高台になっていて見晴らしがよく、さすが黒麻呂くん、高級住宅地にお住まいだったんですね。




そこから飛鳥駅までチャリをこぎ、古都飛鳥保存財団事務所へ行き挨拶を済ませてのち、駅の反対側にある牽牛子塚古墳へ。


 牽牛子塚古墳1

 こちらはわが小説のヒロイン、宝姫王(皇極・斉明天皇)のお墓。


 牽牛子塚古墳3

 発掘調査中。シートがかかっていますが、間近まで行けます。


 牽牛子塚古墳2
 入口。

 牽牛子塚古墳内部
 内部。
 娘の間人皇女とともに葬られたとの書紀の記述の通り、棺をふたつ並べることができる構造になっています。


 越塚御門古墳

 隣にある越塚御門古墳。宝姫王の孫、大田皇女の墓ではないかとの説が有力です。


 牽牛子塚古墳からの眺め

 牽牛子塚古墳からの眺め。 飛鳥を西から見渡せます。

この穏やかな景色の中、娘と孫とともに眠りについた宝姫王。
彼女のことを、もっともっとたくさんの人に知ってほしいなぁ。



で、牽牛子塚古墳からの急坂をチャリで駆け下り(要注意。油断すると畔道から転げ落ちるぞ!)、懸案の「朝風峠越え」にチャレンジ。

奮発して借りた電気アシスト付き自転車をキコキコとこぎ、長い坂道を登り、ついに!

 稲渕棚田 稲渕棚田2
 朝風峠越えに成功!
 黄金色の棚田が迎えてくれました。

いや~、嬉しい。 

ひゃっほ~! などと叫ぶワタクシ。 旅の恥はなんとやらでございます。



続いては、先年発掘調査が行われ、蘇我稲目の墓ではないかと話題になった都塚古墳へ。

 都塚古墳 (2)
 手前にとまっているのが借りた自転車。
 自転車の大きさと比較してもおわかりいただける通り、それほど大きな古墳ではありませんでした。

 都塚古墳
 立派なプレートが。

 都塚古墳内部
 都塚古墳内部。

閉所恐怖症ぎみなんで、内部を撮る時にはいつも緊張しちゃう。




都塚古墳から石舞台方面に下り、ちょうどおやつどきだったのでちょいとブレイク。

 cafeことだま
 「cafe ことだま」 さんでおやつ。 季節限定「紫芋のモンブラン」。

「ことだま」さんでは、去年の大使交流会でおいしい晩御飯をいただいたけど、ケーキもとっても美味でした。
皆さんも飛鳥に行かれたらぜひお立ち寄りください!
石舞台から飛鳥寺へ向かう道沿いにあります。
古民家を改造した素敵なお店です。
裏手に駐車場もあるので、お車でいらした方もぜひ。



おやつのあとは、ふたたびキコキコと自転車をこぎ、山田道を通って橿原へ。

実は、本に載っている「山田道」は、7世紀後半になってからつけられた道とのことで、隋の答礼使・裴世清が小野妹子とともに歩いた「旧山田道」は、それより南を通っていたらしい。(最近知った)
裴世清に見せるために造られた「小墾田宮」の位置について、どうもあまり広い面積がとれないようなのはなぜなのか悩んでいたんだけれど、宮の南を走る道自体がずれていたというなら納得。 ずれた分、敷地が広くとれますよね。
そうやって地図を見てみると、雷丘の東側に、結構広い面積の、それも宮に適した平坦地が広がっているじゃありませんか!

ということで意気揚々と「旧山田道」を通ったはずが、風人さんにその話をしたら、

「あ、その道は違いますよ。旧山田道はもう一本北です。今は田んぼの中を走る畔道みたいになってます」

とのこと。
……違うのか。 「この道を、小野妹子がっ! 裴世清がっ!」と、想像をふくらませつつチャリこいだんですけど。

おまけに「古宮土壇」も見逃した。
かの有名な写真では、下の水面に木が映ってたんで、すっかりそのイメージでいたんだけど、あれは「田植えをする前に田んぼに水を入れた日」限定の風景らしく、水を入れた翌日には田植えをするんで、「水面に木が映る」のは一年にたった一日のことなんだとか。
かの写真は「奇跡の一枚」らしいです。




 飛鳥の夕暮れ
 飛鳥の夕暮れ。

いや~、楽しい一日でした!


夜は橿原神宮前「串の家 さわ」さんで、古都飛鳥保存財団・両槻会幹部の方々とごはん。

さわさんの串揚げ、美味しかった!
軽くてサクサクで、いくらでも食べられちゃう。

がっついて食べたので、残念ながら写真はなし。
撮っときゃよかった。
皆さんも飛鳥にご旅行された際には、ぜひとも「串の家 さわ」さんへどうぞ!


で、美味しい串揚げをいただきながら、先輩方と歴史談義。
いや、もう、自分の浅学さをいやというほど思い知らされる、先輩方の圧倒的な知識量。
驚きの連続。 目からウロコがボロボロ落ちました。
うわ~、そうだったんですね! 知らなかった! と大盛り上がりし、ホテルに戻ってからそれを書きとめようとしたら、悲しいかな、記憶装置破壊のワタクシの脳みそは、そのわずかな断片しかとどめておりませんでしたとさ。 トホホ。


翌日はいよいよ、念願の「藤本山」へ。

その様子はまた次回。

(2016年10月13日)

 

両槻会
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