「飛鳥の大宇宙~キトラ古墳に眠るのは誰だ」(NHKプレミアム)を見て

先日、録画してあったNHK BSプレミアム

「飛鳥の大宇宙~キトラに眠るのは誰だ」

を見た。
放送は昨年11月。
「見逃してやんの、梅前」と思ってた方。
どっこい録画してあったんですよ~だ。

で。
なかなか面白い番組でした。


キトラ古墳といえば、
壁面に朱雀、玄武、白虎、青龍の四神と、
天井には精巧な天文図が描かれた、
高松塚古墳と並ぶ日本最強の壁画古墳だが、
その被葬者を探っていくというのが
番組のコンセプトだった。


番組では最初に、
キトラ古墳が造営された年代を特定する。

キトラ古墳は壁画こそ見事だが、
規模は決して大きくない。
そのことから、大化改新で施行された
「薄葬令」以降に造られたものであることは
間違いない。
さらに、藤原京の真南に造られていることから、
都が藤原京に置かれた時期に造られたと
考えられる。

藤原京に遷都したのが694年、
平城遷都が710年だから、被葬者は

694年~710年の16年間に没した人

と考えて間違いない。
番組では、その時期に没した人を
日本書紀からすべて抜き出し、
さらにその中から
あれだけの古墳を造営できる
財力と権力を持った人間を抽出した。
以下の12人である。

【皇族】
文武天皇
高市皇子  (天武の子)
弓削皇子  (  〃  )
刑部皇子  (  〃  )
葛野王   (大友皇子の子)
新田部皇女  (天智の娘・天武妃)
大江皇女  (  〃   〃  )

【豪族】
大伴御行
多治比嶋
阿倍御主人
紀麻呂


【渡来人】
百済王弾広

私も、この12人の中には間違いなく
キトラ古墳の被葬者が含まれていると思う。
こういう風に、まずはすべての可能性を
考えるというやり方には好感が持てる。

番組ではさらに、
玄室内の泥から採取された数片の人骨と歯から、
被葬者は

40代~50代の大柄な男性

であろうと推定する。
すり減った奥歯は壮年以降であることを示し、
こめかみあたりの骨はがっちりとした咀嚼筋が
ついていたと考えられるという。
そのことから、20代・30代で没したとされる

弓削皇子
多治比嶋
百済王弾広


の3人と、女性である

新田部皇女
大江皇女


の、合わせて5人が対象外となる。
このあたり、奥歯のすり減り具合といっても
いつも歯をかみしめている人は
すり減るのも早いというし、
がっちりした顔の女だっているじゃな~い?
などと突っ込んでしまうけれど、
それでは番組にならないので
そういう前提で話は進んでいくんである。
で、番組では

文武天皇

も、当時の天皇陵は8角形だったという理由で
候補からはずしていた。
文武は25歳で没しているので、
歯の時点でアウトっちゃぁアウトなのだが。

葛野王

も、壬申の乱に敗れた大友皇子の子なので
あれだけの古墳を造る力があったとは
思えないという理由で除外されていた。
(最初からはずしとけよ、って話もあるけど)

さらに番組では、
キトラ周辺が古くから
「阿部山」と呼ばれていたことに着目し、
豪族の中から

阿倍御主人(あべのみうし)

をピックアップ。
彼は陰陽道で知られる阿倍晴明の祖先であり、
豪族としては最高位とされる右大臣の地位に
登りつめた人物である。

皇族の中からは、
最後に残った高市皇子と刑部皇子のうち、
高松塚に葬られているのは刑部皇子と断定し、
残された

高市皇子

をキトラ被葬者の最有力候補としていた。

・・・このあたり、テレビとはいえかなり強引。
高松塚から出土した神獣葡萄鏡の同笵鏡
(同じ鋳型から造られた鏡)が、
698年に没した唐の高官の墓から出土した
ことから、698年頃造られたものとし、
704年帰国の遣唐使が日本に持ち帰ったと推定、
高松塚古墳は704年以降に造営されたと
するのである。
高市皇子が696年、刑部皇子が705年没なので、
高松塚の被葬者は刑部しかありえない、と
番組では断じていた。

・・・ホントかよっ、とまたしても突っ込む私。

698年に没した人のお墓から出てきたからって
その鏡が698年製とは限らないと思うけど?
もし故人の愛用の品だったとしたら、
そのずっと前に造られた可能性だってある。
とすると、もっと前の遣唐使が持ち帰った
可能性が高いんじゃないのか?
それとも、当時は
「新品の鏡をお墓に入れる」
ってな風習があったんだろうか。
そのへん、ちょっとわからない。

まあそういうオバサンのツッコミはおいといて、
番組は進行していくのであった。


キトラに眠るのは高市皇子か。
それとも、阿倍御主人か。


高市皇子だと考える人は、
キトラの位置が藤原京の南、
天武・持統合葬陵や文武陵を含む
きわめて狭い範囲(聖なるゾーン)に
入っていることから、
被葬者は皇族以外には考えられないと
主張する。

阿倍御主人と主張する人は、
御主人が強い権力を有していたことや
海外とのつながりが深かったことをあげて、
そうした当時最先端の墓に葬られたのは
彼以外には考えられないと言う。

番組は、どちらと断ずることなく

「果たしてどちらがキトラに眠るのだろう」

と終わっていた。


・・・う~ん、どっち?
と腕組みするワタクシ。

候補がその2人しかいないのであれば、
心情的には高市皇子がいいような気がする。
なんといってもワタクシは
自他ともに認める高市フリークですけん。
あのまばゆいばかりの天文図の下には、
若き日には壬申の乱で指揮をとり、
長じては太政大臣としてこの国を導いた
彼の棺が置かれたと想像したい。

でも、阿倍御主人も捨てがたいな~。
キトラのあたりが「阿部山」と呼ばれていた
というのは大きいよ?
地名というのは言葉の化石。
そこに真実が隠されているような気もする。
それに加えて阿倍御主人という人は、

かの「竹取物語」に実名で登場

している人でもあるのだ。
「阿倍御主人」は、かぐや姫に求婚し、
火鼠の皮衣(ひねずみのかわごろも)を
持参したとされている。
当時ぶいぶいいわせていた藤原不比等でさえ
仮名で登場してるってのに、
実名で、さらに財力にものをいわせて
唐から皮衣を手に入れた人物として
物語に登場してるんである。

世にも美しい姫君が月へ帰っていく物語に
実名で描かれた男が、
きらめく星々のもとで眠る。
太陽は金、そしてあの人が帰っていった月は
銀色に輝いて。

・・・それもいいんじゃないかなぁ、
なんて思うワタクシ。


被葬者が誰かは、たぶん永遠にわからない。
でもそうやって遥か古代に思いを馳せれば
きっと何かが見えてくる。
これぞ古代ロマンでありますな。
いやいや、なかなか秀逸な番組でありました。
こういう番組をもっと作ってほしいぞ、NHK。
でも、わざわざBSでこういう番組見ようって
人は、歴史好きに決まってんだから、
「おじいちゃん、キトラ古墳って何?」みたいな、
ドラマ仕立ての部分はいらなかったと思うぞ。
蛇足ながら。


(2015年2月6日)

 

古代史
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