猫と遣唐使

遣唐使がわが国にもたらしたものは数々あるが、
その中で最大にして最高のものと言われている
ものは何か、ご存じだろうか。

猫である。

それまで日本には、山猫はいても
人に飼われる猫、つまり「家猫」は
存在していなかったらしい。
書物をネズミの被害から守るため
遣唐使船に乗せられてやってきた猫たちが
日本に定着して繁殖し、
「日本猫」になったのだという。

どれくらいの数の猫が遣唐使船に乗って
海を渡ってきたのかは定かではない。
その記録は残っていない。
しかし、古代の船のことだから、
一隻に5、6匹が限界だったのではないだろうか。

その猫たちが子を産む。
唐からやってきた珍しい動物だというので
貴族たちはこぞってそれを飼いたがる。
枕草子には、天皇にお目通りできる「命婦」の
位を持った猫、つまり天皇の飼い猫が登場する。
源氏物語にも、女三宮に懸想した柏木が
彼女の飼い猫を手に入れようと腐心する場面がある。
そこでは「猫の夢は懐胎の予兆」とされていて、
その繁殖能力はめでたいものとされていたようだ。

遣唐使も後半になれば、猫のことも皆に
知られており、
「ねえ、帰ってくる時は猫連れてきてよ」
なんてお願いされる遣唐使もいただろう。
けれど、最初に猫を船に乗せた人は
かなり勇気のある人だと思う。
「ネズミが書物を食い荒らすのを防ぐため」
なんて理由をつけてはいるけれど、
それは「後付け」だと思うな、私は。


留学生・黒麻呂(仮名)33歳の場合

「迎えの船がやってきて、吾もいよいよ
 倭国へ戻ることになった。
 故国を離れ、唐で暮らしたこの十数年、
 楽しいことももちろんあったが
 苦しいことのほうが多かった。
 そんな時、吾を支えてくれたのはそなただ。
 そなたはいつも吾のそばにいてくれて
 吾を励まし、力づけてくれた。
 どんなに辛いことがあっても、
 そなたが待ってくれていると思うと
 家路をたどる足もはずんだ。
 そなたの、鼻にかかった甘え声。
 そなたが見せる媚態。
 そなたと離ればなれで暮らすことなど、
 吾にはもう考えられない。
 ‥‥そなたにも父や母があろう。
 生まれ育ったこの地は離れ難かろう。
 だが、それを承知で言う。
 倭国に、ついてきてはくれぬか。
 吾とともに、海を越えてはくれぬか。
 吾はもう、そなたなしでは生きていけない」
「‥‥ニャ~」

‥‥などという会話があって、
黒麻呂(仮名)は、一計を案ずる。

「船には貴重な書物を多数積み込みます。
 書物を鼠から守るために、
 猫を乗せてはいかがでしょう」

と言われた遣唐大使、彼も実は
唐にやってきてからというもの、
町のそこここで見かける愛らしい動物に
すっかり魅せられており、
それを手なずけているという噂の黒麻呂(仮名)
のことをひそかに羨ましいと思っていたので、

「いたしかたあるまい。
 ただし、一匹では心もとない。
 何匹かまとめて乗せるがよい」

などと、いかめしい顔で許可を出し、
意気揚々と倭国へ戻ってきたというわけだ。

‥‥そんなこんなの経緯をへて、
猫は日本にやってきた。
現在日本で暮らす「日本猫」は皆、
遣唐使とともに海を渡ってきた
ご先祖様をもっているのだ。

ペルシャやシャム、アメショーなどの
血統書つきの外国猫はもちろん違うが、
顔つきが洋ネコでも「雑種」ならば
ほとんど間違いなく、
「遣唐使ネコ」のDNAを持っている。




窓辺のりんちゃん
わが家のりんちゃんも。

金太郎もペコちゃんも。チータちゃんも。
チコちゃんちのごまちゃんも。
ヤナギダくんもニャー太郎くんも。
街角をゆく野良猫も。

そう考えると、何か不思議な気持ちになる。


「遣唐使全航海」(上田雄著・草思社)

という本には、
遣隋使も含めた遣唐使の
一覧表が載っているのだが、
それを眺めているといつしか、

りんちゃんのご先祖さまは
どの船に乗ってやってきたのかなぁ

などと、雄大なロマンに身をゆだねてしまう。
‥‥遣唐使の皆さん、猫を連れてきてくれてありがとう。
と、りんちゃんの背中を撫でながら
遠い昔に思いを馳せる。

(2014年5月16日)

古代史
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